でびぃ 『先日なんとなく拾って読んだ本に書いてあった記述を思い出しました。日中戦争で、中華民国軍に日本軍が完敗した作戦に従軍した将校の書いたものなのですが、もともと映画を見る口実で士官学校を受けたような筆者が、いよいよ戦地に赴任というときに親戚の僧侶に、若いしどうもわりきれずに死ぬ心得を問うたとき、僧侶はしばし読経してからこう答えたそうです。「仏教は人の生き方を説くものだ。死に方はわからん」 そして精一杯仕事して弾丸にあたったらそれを寿命とわりきれと。仏教的にも後事をきちんと考えない無責任な自殺はNGだと思いますよ。』
『個人的な感情からいくと、やっぱ坊様には「死んだらいかんよ」と言って欲しい。揚げ足取るようでアレだけど、じゃあ「後先考えてきちんと責任ある自殺(そんなんあるのか?)」だと、教義上それを否定できんということなのかな、と。』
でびぃ 『あー自分の話にミソをつけたことになりましたか。>揚げ足取るようでアレだけどもうそっちいくと尊厳死とか安楽死の話になりますよね。ほかはありえない。個人的には自殺もまた煩悩のなせるわざゆえに仏教的にはNGであるはずですよ。上の記事に書いてるのはキリスト教のように「だめ、とにかくだめ」といってないだけだと思いますな。』
Radcliffe 『私は、上記の文章を書いた人物が「素直に読めば」という言葉とは裏腹に「うがった読み方」をしてるだけのように思えますよ。「(自殺したことを)他人がどうこう言える筋合いではない」というのと「(自殺するのは)その人の勝手」という言葉との間には、ニュアンスに大きな開きがあると私は思います。しかも、元の文はさらにその後「『生』の方に重心が移るような手だてはないものか」と言ってるわけでしょ。要するに、上記文章の書き手がそもそも「揚げ足を取っている」のではないかと。』
『仏教的には「生きたい」も「死にたい」も「生きろ、と言って欲しい」もどれも煩悩でしょう。教祖が「人間はいつか必ず死ぬ」という事実に一度は絶望した人ですし。』
でびぃ 『仏教の究極は「成仏」=苦しみからの解放と上位存在への止揚ってこむずかしいとこですが、宗教としてはそこにいたるためには現世に救済なくば解脱への因縁もえられへんというちゅうところでしょうか。即身成仏なんかもそのための自己犠牲(ええと喜捨ってとこかな?)。まああさりよしとおの漫画のように目障りな宗教家を無理やり人柱にしたのかも知れず。んなもんで、キリスト教のように「考えるのではない信じるのだ」とは対極に「おのれの煩悩に正対し、それを超越せよ」というというスタンスなんでゲソ天とられるような言い方になってしまふんでしょうな。だから仏教が無力だというのは大いに間違いです。葬式仏教でもたくさんの死者とその遺族に接する点で、一般人より死について多くを思う機会があるぶん深い見解を持つ僧侶はおるとおもいますよ。』
Jun 『 生命保険って65歳を過ぎると減額になったりするじゃん?65歳になる2日前に自殺した人の話を聞いたことがある。おかげで借金返せて遺族は幸せに暮らしているらしいよ。>後先考えて責任ある自殺 人を殺してはいけない、とか自殺してはいけない、って理屈じゃ証明できないでしょ。でびぃが言うように「考えるのではなく信じろ」じゃないと。だから、考えすぎると逆に何も言えなくなっちゃうよね。仏教に自然の真理(科学)を求める人はいないと思うけど、信じるよすがを求めている人はけっこーいるんじゃないだろうか。そういう意味で、役立たずとは言わないけど、信教を求める人のニーズには応えにくいというか。』
でびぃ 『以下バカ話です。まじめにコメントしないでね。うつ病患者「生きているんが苦しいんです。自殺のことばかり考えます」仏僧「人生は苦しみに満ちています。つらいのはあなただけではありません。昔、インドになんとか国というのがあり(以下法話で煙に巻こうとする)」神父「神はあなたをお試しになられております。悪魔のささやきに耳を貸してはいけません。祈りなさい、いや、だから、いいからいのっとけや」イスラム教過激派「なに!死にたいとな(嬉々)ようし、そんなお前に神のための有意義な死を用意してやろう。ここに爆弾があるからこれをもってそれ、そこのアメリカ大使館にちょっとつっこんでこい」・・・いやちょっと重い話に耐えられなかっただけで(おとなしい浄土宗だし)』
しろ 『えーと、うろ覚えの話なんだけど釈尊の弟子に、ちょっと頭の悪い弟子がいて何度か悟りの境地に達したんだけど、頭が悪いので、せっかく悟ったのに、一晩たつと忘れちゃう...で、その弟子は最後に悟った時に、悟りを忘れる前にエイヤって自殺しましためでたしめでたし。って話があるぐらいだからねぇー。それに、いわゆる即身成仏だって自殺でしょ?仏教は三大宗教の内、唯一自殺を否定していない宗教だそうですからねー。』
『正岡子規が死の直前に脊椎カリエスに呻吟しながら「平然と死ぬことが悟りなのではない、平然と生きることが悟りなのだとわかった」と言ったとか言わなかったとか。良寛が大地震後に自分が無事だったと知らせる手紙の中で「災害にあうべき時には災害にあう方が良く、死ぬべき時には死ぬ方が良い、それが災いを避ける心得なのだ」と言ったとか言わなかったとか。』
『みなさま、いろいろにコメントをありがとうございます。とても勉強になります。思うに、「死んではいかん」という言葉を聞きたいなら、坊さまに聞くんではなく、まず自分で自分に言うべきだと分かりました。あたりまえか。あ、誤解のないようにいっておきますが、私、自殺とはもっとも縁遠いタイプの人間ですのでご心配なく。あくまで今回のコレは思考実験ですからね。あと、(いらっしゃれば)仏教徒の方へ。もしコレを読んでご不快になられたなら、一応お詫び申し上げます。私は仏教的な考え方に親しみを感じますし、仏教が役立たずだなんて一言も言ってませんし、思ってません。ビバ仏教!(←だからそういう事を書くからいかんのだってば)。』
『はい。自分なりの気づきをまとめてみました。別にコレで終わりというわけじゃないです。というか、続き歓迎。ぜひどうぞ。』
Radcliffe.
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